小銭 啓二さんのメッセージ

きっかけ
2月下旬、地元の先輩であり恩師のバイク屋のカズさんから一通のメールが「こんな素敵な企画があります、どうですか?」
私は、鹿児島~岡山間を原付で走破でき、消防団活動も無難にこなせるし、大荷物(宴会道具)を持って3000メートルの登山もするし体には自信があり、2つ返事で参加を決意しました。
「100キロ歩行はコンビニごとにビールでも買って飲み飲み行けるがなぁ~」
参加した後になって思えば、100キロの神様は「ざまぁみろ、そんなに甘くなかったろ!」…溺れていた自分に気が付くことができました。

準備・物
まずはどんなものか、情報収集をしました。インターネットで体験談や道具の準備を調べましたが、当初の遠足気分から、アスリート・競技に対しての準備をして大会の過酷さに肝を冷やし「大人の遠足じゃない、こりゃあ競技じゃが!!」が第一印象です。1万円の参加費を払ったし、完歩できない自分を想像もしたくないので、100キロ歩行に向けて心のギアを入れ換え、物と体の準備をしました。

物…買ったもの
①靴:テレビで宣伝している1万円位のウォーキング用。定説通りに0,5㎝大きいサイズ。(練習で200キロ以上歩きましたが、本番では両足に激しいマメができ・つめが剥がれました)
②靴下:1000~1500円位のドライを唄っている物を3足買いました、どれも似たような感じでした。(湿潤はマメを作ると言うので)
③リュックサック:8000円位の小型で、お茶やお菓子がリュックを降ろさず取り出せる工夫がしてあるものです。
④ヘッドライト:登山用に10数年前に購入した高価でデカイLEDを持っていましたが、新しく4000円のを買いました。今のは小型で明るいのですが電池の消耗が激しく後半戦は暗くなっていました。

当日の服装
・登山用の長ズボン:通気性が良くて柔らかい素材。
・帽子:いわゆるハット、ひさしが大きく、首や耳も日焼けしません。
・モトクロス用のジャージ:涼しく柔らかい素材、見た目の派手が気になります。
・手袋:バイク用の薄手。

体の準備
3月から合計で200キロくらい歩行…
自宅から20キロ程度を目安に4、5回歩きました。倉敷や岡山など飲み会は積極的に徒歩で参加しました。
4月の説明会を受けてから、7キロ1時間歩行に10回取り組みました。相棒のカズさんがルート設定してくれ自宅周辺の起伏のある道のりを、時には合同練習をして反省会(飲み会)を通じて問題解決と情報交換をしました。最終的には7㎞を55~6分位で歩けるようになりました。

自転車で本番コースを回る…
参加するカズさんに加え、下見に付き合ってくれた遊びの師匠のT田さんやSさんの4名、普通の自転車で7時間かけて回りました。下見は、レース中のコースの起伏や休憩の展開が予想でき、精神的にも有利です。しかも、自転車では微妙な起伏を確認でき、とくな体育館~伊里漁港までの道のりの山岳地帯は地図じゃ分かりませんでしたね。


<序盤>
~沖田神社まで10キロ、出発から2時間ほど~
レースのふたを開けてみて
                                                                当日は一緒に参加するカズさんと討ち入りにあやかり、岡山駅前でかけそばを食べ完歩を誓い、会場の旭川河川敷に徒歩で到着、どの選手もプロ級の身なりにビビりました。
午前10時カウントダウン後、一斉にスタートします、おしゃべりをしている集団やビデオを持ってインタビューをしているチーム(?)、ニコちゃんマークの人など集団の中、思うようにペースが上がらず焦りとストレスを感じながら、5キロ位進みます。
序盤からカズさんと離ればなれになり、途中現状報告と互いの健闘の連絡を取り合う程度で、ゴールまで顔を見ることがありませんでした。
次第にバラけてきてペースを6~7㎞/hを保とうと、全開で進みます、先頭集団の後ろ姿を見てやろうと思いましたが、百間川の橋を見ると既に姿はありませんでした。

<スタート~中盤戦①>
出発から備前体育館まで42,3㎞:出発から7時間5分  (区間速度:6.00㎞/h)
  河川敷が終わり、アスファルトの歩道をお日様はギラギラと本当に天気の良い気持ちが良い日でした。私は、雨男(他薦ですが)、結婚式、遊びに行く時や登山はいつも天候には恵まれませんでしたが、今日の天気は素晴らしい~こりゃぁ歩行の神様も応援してる!ぐんぐん進みました。スタートから17キロ㎞地点のコンビニで水分補給とトイレを済ませ少し進むと西大寺緑化公園で水分をいただきました。(水分をいただけるなら買うんじゃなかったなぁ…)
道中は休みなしで、前へ進みます。

<中盤戦②>
備前体育館から伊里漁港:51,2㎞:出発から8時間43分  (区間速度:5.2㎞/h)
山岳地帯が続きます、地図上じゃ分かりませんでしたね!起伏のあるコースは、なぜか得意で、「箱根駅伝の山岳地帯も私に走らせてみぃ~」そんな得意げに進みました。あとから思えば後半戦の苦しさを想像もつかずに…。

<中盤戦③>
伊里漁港から和気リバーサイド70,2㎞:出発10時間23分  (区間速度:5.4㎞/h)
伊里漁港で米粉うどん、ゆで玉子の接待を受け、体も心もパワーをもらい「あと半分じゃが~いっちょ、やりますか~!」気合いを入れ前進します。ヘッドライトに明かりを灯して、進んでいると地元の車屋さんの社長が薄暗い中、私を発見してくれて、応援をいただきました。
心も体も栄養満タン、閑谷学校への道のりは暗くて寂しい夜道は、耳にラジオを入れて歌を歌いながら歩きます。閑谷トンネルを越え北上していると吉永町内会の皆様の接待を受け、おにぎり・チヨビタ・バナナ・お茶をいただきましたが、先を急いでいる(私程度の歩きでもウォーキングハイ???)ので、歩きながらいただくことにしました。
そうそう、歩きながら食べたり飲んだりする練習は必要ですよ、初めはいっぱい食べると腹が痛くなりました。
冷え込むと言われた前評判、「寒くないがな~」、今から思えば午後9、10時台はまだ序の口、次第に朝の最低気温を迎えるため下がっていくのですから… 
40㎞を過ぎたあたりから足の裏が少しずつチクチクしていましたが、次第に痛みは大きくなり激痛が走りリバーサイドに着く頃には「こりゃあ、おえんがな~!!!」 しかし、靴や靴下を脱いで処置するのも勇気(痛みに耐える)。マメやつめが剥げているのを見ても治らない、それなら前へ進もうペースが遅くたっていいじゃないか、そう開き直りました。

<終盤戦>
リバーサイド和気から後楽園100㎞:出発から19時間27分でゴール  (区間速度:4.3㎞/h)
防寒用のカッパを着込んで、エネルギーを補給してリバーサイドを出発します。「残り29キロじゃが~、時速5キロでも6時間ほどじゃが…」 楽観的に考え進んでいましたが、「痛い・寒い・眠たい」欲求三大悪魔が来て、残りの道中がこんなに辛い体験になるとは…
意識がもうろうの中、熊山橋から赤磐に向けて曲がるとき、もう着いたような気分になりましたが現実には20キロ以上…少しでも痛みを忘れるために思考回路を働かせます。「走れなくなったら歩けばいいさ、でも歩けなくなるとどうやって前へ進めばよいのか、身体能力で進むのではなく精神力…」でも、あと何キロでゴールだろうかそればかり考えてしまいます。おそらくその時間帯は川の流れに任せて進んでいたような歩きです。ひょこたん・ひょこたん痛みが増さないようにゆっくり着踵して前へは進みます。重心移動がないため万歩計の針は動きません、でも一歩ずつ確実に足を出さなくては。
桜ヶ丘団地の住民は夢の中、私もウトウトしながら歩いています、電話の着信にすら気づかない状況です。足は痛くて痛くて、バス停ごとに進んでは休むの繰り返し、眠気には顔にエアーサロンパス、目がヒリヒリして余計に目が開かなくなりました。
応援団の到着 そしてゴールを…
馬屋付近で携帯の着信に気が付くと「T田さん」からで、「なにか困っていることはないか???」…とても困っている、足は痛いし眠たいし逃げ出したい気持ちでいっぱいじゃ~っと言いたいところですが、そこは男、意地もあり「熱いコーヒーが飲みたい」とお願いしたところ了解を得ました。しかし、T田さんが住んでいる場所はここから30キロ以上離れているし夜遅くまで仕事(??)をしていたのでは…。
そしたら、どれくらいの時間を歩いていたのかわかりませんでしたが、玉柏の手前(午前4時くらい)でT田さんが自転車で応援に駆け付けてくれています。(まだ酒臭い…)
そこから私の愚痴を聞きながら自転車を押しながら伴走してくれ、そこからは足を止めることなく後楽園のゴールを迎えることができました。
 
まとめ
マラソンは35㎞からが本当の闘いと言われていますが、100キロ歩行も70キロからが本当の闘いだと感じます。70キロまで、天狗になり自分の力を過信して休むことなく歩いた結果、最終の辛さは例えようのない痛みと苦しみを体験することができました…。
私は、老人保健施設でリハビリの仕事をしています。病気や年齢により体が不自由になり介護が必要な方は大勢おられます。現在の医学やリハビリでも失われた機能や障害を回復することは難しい場面もあります。人は病気や障害を負ったとき、気分が落ち込みやる気をなくすなど心も体もマイナスな状況に陥ります。とくに終わりの見えない人生のレースと違い、100キロ歩行は一歩一歩進めることで終わりは見えてきます。私の場合、ちょっとした辛さや足の痛み、しかもゴールが見えているにも関わらず、心も体も前へ進めなくなることが分かりました。その時、必要なのは応援団の存在です。心と体の健康さ、体(身体機能)や物(道具)の準備、そして何よりも大切なのは応援団の存在、今回体験したことを大切に明日からの仕事は実務だけでなく心に寄り添える・伴走できるリハビリをしていきたいと思いました。

今後の課題として(もし次出るのなら)
①ペース配分:速度はまだ行けるけど保つ勇気・もしくはトップスピードで歩き続ける体力と精神力。(後者は無理です)
②天狗にならない:「努力せずに報われることはない」と言われてますが、「努力にもう充分」はありません、そして自分の努力に酔わないことが必要です。
③参加していた皆様が履いていたタイツ…あれが体に楽なら欲しい。
④靴…新しいのを購入するとき少しでも違和感があるものはNG、買ったら40キロ以上を連続で歩くことをします。
⑤食べ物や水分は最小限で、しかし夜中は寒い:補給も数~10キロ単位でどこにでもありました。