米澤 登志子さんのメッセージ

「友情に感謝」
米澤 登志子
◎2度目の100キロ歩行
 昨年は練習のやり過ぎで大会前に足を痛めてしまったので、今年はその反省(?)として、あまり練習をしないまま大会当日を迎えた。今年の目標は記録の更新。昨年の20時間6分というタイムを今年は20時間以内でゴールする事とした。昨年の経験から、終盤に休憩をとり過ぎなければ大丈夫!とタカをくくってスタートした。
 けれど今年は、まだ20キロも歩かないうちに練習不足だった事を後悔し始めていた。昨年出場した時はもちろんの事、今まで「痛い」と思った事もない左足股関節に違和感があり、昨年は普通に歩けた時速6キロのペースがきつく感じられる。昨年も一緒に出場した梶並さんについて歩くのがしんどくて仕方ない。何とか遅れをとらない様について歩いたが、備前を過ぎてから、少しずつ彼女の背中が遠くなる。

◎悪魔のささやき
 その頃の私は、どこでリタイアするかを考えながら歩いていた。リタイアする事を正当化する言い訳ばかりを考え、今ここで歩みを止める理由がいくらでも湧いてくる弱い自分と戦いながら伊里への道のりを歩く。

◎伊里漁港
股関節の痛みは徐々に強くなり、「ここでもうリタイアかな」と思いながら伊里漁港に着いたら、友達が応援に来てくれていた。彼女からのエールと、美味しいうどんのお陰で少し元気をとり戻し「もう少し頑張ってみよう」と、また歩き出す。

◎ギアチェンジ
 閑谷を過ぎた当たりから、フルマラソン経験者の男性3人グループと出会い、彼らが20時間以内にゴールする予定で歩いていると知り、彼らのペースで歩かないと私も目標達成が出来ないと思い、一生懸命彼らについて歩いているうちに、私には少し早めのスピードだったが、だんだん慣れてきて、気持ちの中でも何かスイッチが入ったような感覚でリバーサイドまで歩く。話をしながら歩いていたので、足の痛みはあるものの、まだ笑顔でいられる余裕もあった。

◎救世主の登場
リバーサイドにやっとの思いでたどり着いたら、早い時間から応援に来てくれていて、3年連続出場の松浦さんと一緒に元気に歩いていた綾野さんが私の到着を待っていてくれた。リバーサイドでは梶並さんとも合流したが、彼女はスマイルマンと名乗るマスクをかぶった若い男性と一緒にいて、何だかとても楽しそうだった。ここで長く休憩すると足が動かなくなると思い、梶並さんより一足先に出発し、ここからゴールまで綾野さんに一緒に歩いてもらう事になる。そして今回私は「人は自分で決めた限界までは一人で頑張れるが、限界を超えた世界は、誰かの支えがあってこそ見えてくる」という事を綾野さんから学ばせてもらった。
 昨年よりも各ポイントでのチェックタイムが遅れていた事と、足の痛みもあり、後半からの巻き返しなど無理だと思っていた。そして記録更新も諦めていたが、私の弱音と、時として口から出てくる悪態が聞こえないように距離を空け、常に私の10メートルほど前を歩き、私を何とか目標内で歩かせる事を諦めない綾野さんの後姿だけを追いかけながら歩くも、途中90キロ地点あたりで立ち寄ったコンビニで一度足を止めたら、そこから足が一歩も動かなくなる。
 「綾ちゃん、もう限界!足が動かない!」と言ったら「まだ限界じゃない!歩ける!歩ける!」不思議なもので、一度固まってしまったかの様に思われた足も、一歩一歩、前へ踏み出していたら、少しずつまた歩ける様になった。
 もし、一人で歩いていたら、ここで私は、ま・ち・が・い・な・く・歩く事を止めていたに違いない。けれど、この寒い真夜中に、私を歩かせる為だけに一生懸命声をかけてくれるこの後姿に、私は手を合わせながらゴールまで歩くしかないのだ。

◎心頭滅却すれば火もまた涼し・・・
 激しい痛みに耐えながら歩いているにうちに「痛い」と思っても思わなくても痛い事に
変わりがないのなら「痛い」と思わないで歩いてみようという事に気付く。心頭滅却だ。荒行をする修験者の心境になって歩いてみようと思いついた瞬間だった。
 ここに至るまでには何度も泣きそうになり、「ゴールしたらきっと涙が溢れるんだろうな」などと考えていたが、このあたりから徐々に感情が薄れてきて、本当にただ心を「無」
にして歩いた。大げさに聞こえるかも知れないが、私の限界の向こう側には煩悩の消えた世界があった。

◎午前5時30分
そしてゴールした時には本当に何の感情もなかった。先にゴールしていた松浦さん、ゴールまで一緒に歩いてくれた綾野さんに手を繋いでもらってゴールテープを切ったが、もう完歩した感動すらなかった。リバーサイドでは70位くらいだった順位が、ゴールしてみたら42位だった。ほとんど無意識に歩いた残り20キロ余りの間に、多くの人を追い越していた。私も苦しかったが、他のチャレンジャーもきつかったんだなと改めて思う。

◎100キロ歩いて気付いた事
 ゴールと同時に、もう足は一歩も動かなかった。早朝にも関わらず、後楽園まで来てくれていた友達に差し入れてもらった温かいコーヒーは冷えた体にしみ入ったが、顔は笑えていなかった様に思う。友達に靴を脱がせてもらった私は、明け方の気温のためか、下熱鎮痛剤のためか、寒くて仕方なかったので、そのまま彼女の車で家まで送ってもらった。
 家へ帰って、とにかく風呂へ入り冷え切った体を湯船で温めている時に、あえて封印していた「感情」が体のぬくもりと共に、少しずつ戻ってきた。その時になって、やっと梶並さんのゴールを待たずに帰ってしまった事、後半の30キロをずっと励ましながら私をゴールまで導いてくれた綾野さんに、きちんと「ありがとう」も言わずに帰ってしまった事に気付いて、湯船の中で初めて涙が溢れてきた。一緒に歩き、助け、励まし、応援してくれる人のお陰で苦しさを乗り越え、限界の先へ進め、とっくに諦めていた記録更新まで果たせたというのに、極限の状況の中で、私は自分の事しか考えられない人間であった事に気付かされ、恥じ入り、涙が止まらない。
 私は今まで人に感謝してきただろうか・・・人を思いやってきただろうか・・・自分の事ばかり考えて生きてきたのではないだろうか・・・今回の大会を通じて私は「自分の今まで」を振り返る機会も与えてもらえた。

◎後日談
大会の2日後に打ち上げ会があった。大会後の私は、ほぼ寝たきり状態で、打ち上げ会のために這うようにして起き上がり、打ち上げの店へ行ったが、綾野さんや松浦さんはもちろんの事、梶並さんも普通に歩き、元気に来ていた。もちろんスマイルマンも元気一杯だった。みんな凄いわ!完敗!

◎来年???
大会から1ヶ月が過ぎてこうして感想文を書いている今も、まだ股関節が痛くて普通に歩けない私は、来年の事はまだ考えられないが、もしも・・・来年歩くとしたら、あらゆる人に感謝しながら歩き、つらそうな人には励ましの声掛けをしながら歩き、そして翌日から普通の生活をし、元気に打ち上げ会に行く。
 それが出来なければ、いくら早く歩いても意味がない。これも今回歩いて分かった大切な気付き。

◎最後に
 大会スタッフの方(スタート前に河原に落としたサングラスを届けてもらい迷惑をかけた)サポーター、ボランティアの方々、閑谷あたりから暫く一緒に歩いてくれた3人組の方々。メールや電話で応援してくれた多くの友人、当日応援に来てくれた友達、そして何より、誰より、綾ちゃん!今年の私は余裕がなくて、きちんと感謝を伝えられなかった事を許して下さい。
心の底からありがとうございました。     -合掌-