村上 茂樹さんのメッセージ

参加の理由は、一度星空の下のnight walkingをしてみたかった。一人で夜道を歩く状況はなかなか作れない。いい年のおじさんがバックパーカースタイルで岡山の片田舎を徘徊するなんて、下手をすると黒い制服の人に懐中電灯に顔面を照らされ職務質問なんかされるのがおちで、身分証提示を求められて家出老人疑いで家族に連絡されたりなんてことも起こりえる。山で夜を過ごした経験もなく、一人で夜道を歩くことに多少のスリリングなアドベンチャー気分を期待した。知り合いの業者の一人に今日から100km歩行の申し込みが始まりましたと聞かされて、連休をわざわざ人ごみの中で過ごす予定もなく、その日のうちに申し込みました。朝のジョギングを練習代わりとし、四国遍路の歩きの約二日分を24時間かかってやればいいと軽く見ていました。

さて当日8時の受付に一番乗りして、車を仕事場の大元に置きに行き、少し日常業務をこなしてからタクシーで蓬莱橋まで返して9時40分にスタートゲートの下に立ちました。時間4kmが四国での私の歩行速度で、1〜2時間歩いて休憩、靴を脱いで空気を通し、窮屈な空間から足を解放して休む。というつもりだったのですが、皆さん最初から早歩きで休憩なし。遍路姿の人もいましたが、こんな歩きをしていたら三日も保たない。これは競争だったんだとその時初めて気付いた。そういえば時速7kmなんてことをFacebookに書き込んでいる人もいたなあ、なんて変に感心してしまった。さらに委員長さんの予言通り五月の快晴。多くの人が長袖、長ズボン。こちらはウルトラマラソン仕様の半袖、ひざ下七分のスウェットパンツ姿では日焼けがひりひり。ただ延髄熱射予防に帽子の後ろに旧日本軍様の日よけ膜をぶら下げ、サングラスは付けていましたが。夫婦ずれ、父息子連れ、鶏帽子軍団(かの根性研修組)、オレンジTシャツ組、みんな早いなあ。要所要所のスタッフジャンパーの皆さんの親切な誘導と励ましに感謝。西大寺の町中では一般市民の方々からも応援していただき、これまでの岡山政経塾の皆さんが培われたこの会への市民の信頼なのでしょう。口渇を感じる前にこまめに水分をとってはいましたが、西大寺市民プール前でいただいた経口点滴OS-1で脱水・引きつけ予防の芍薬甘草湯を流し込み、門前交差点でいただいたイチゴの酸味とかわいいお嬢ちゃんの笑顔に元気のボルテージが2レベル回復。メッセージ入りの熊の甘納豆もおいしかったです。私は空腹を感じる前に、約1時間おきに持参したあんこ入りの餅を歩きながら食べましたが、皆さん食事はどうしていたのでしょう。岬巡りのアップダウンのあと立派な備前体育館でエイコースポーツの方にいただいたスポーツドリンクは、最後までコンビニ出費をせずにすみました。ありがとうございました。真魚市場の明かりがカーブを曲がって見えたときは嬉しかった。ここまできた目的の温泉卵いりぶっかけうどんを高校生のお嬢さんに運んでいただき、本日9時間で2回目のゆったり休憩が出来ました。そのきびきびとした動きに、いい教育を受けているなあと安心しました。激励付きのゆで卵は塩分補給にもなりました。そこで夜間用の長袖、ウインドブレーカー、長タイツに着替え、女性監督の照明装備のチェックを受け、いよいよ夜間歩行。月は出ているが明るすぎるのか星はみえず。時々キキーンと聞こえたのは飛び出し注意の鹿だったのでしょうか。何も見えない閑谷黌を通った後の吉永のお姉様方の饗応に少し長居してしまいました。豚汁の中の里芋とろけるようでした。煮しめもおふくろの味でした。ありがとうございました。吉永からは生まれ故郷です。金剛川は小さい頃夏休みに毎朝ザリガニとって、茹でたてを母の甘味噌で食べるとおいしかったことを思い出します。リバーサイド和気までは川沿いに歩道が出来ていて歩きやすかった。リバーサイドの豚汁とおむすびも暖まりました。11時をすぎていたけど小学生の女の子が応援に来ていたのが微笑ましい。パジャマ姿のあの子風邪ひかなかったかな。熊山橋までの土手道もよかった。オレンジの化学発光体が夜間空港の誘導灯みたいでした。この辺りからMAXバリューまで、鶏帽子の18,19のお嬢さん二人づれの後ろをストーカーまがいにぴったり着いて歩かせていただいた。だって夜で何も見えないし、寒いし、君たちの声は間違いなく老年期にかかったおじさんの牽引力になっていました。ただ私より明らかに小柄な娘さんと歩行速度がぴったり一致することは、自分の短足を再認識して少し寂しかったけど。でもありがとう。あの約12kmを飽きずに歩けたのは間違いなく君たちのおかげです。会社の名前が分かったら今後は君たちの卵を買います。会話の内容はもちろん記憶していませんが、一つだけ伊集院静さん的なアドバイスをさせていただくなら、あと少しだけきれいな日本語を心がければチャーミングな女性に近づけると思うな。その後の深夜の桜ヶ丘は寒いし、いっぱい家はあるのに静まり返ってつまらない(当然だけど)。牟佐の池のほとりでは、中学生のころ読んだ足摺岬の短編小説の中の歩き疲れた遍路が絶望と疲労から岬から入水したことなんか思い出して、飛び込んだら誰か水音を聞きつけるかなあなんて思ったりした。あの頃が一番つらい頃で、屋根付きバス停で一緒になった方にゴールで誰か迎えに来てくれるんですかなんて聞かれてねえ。なんであんな質問してきたんだろうって後で思ったりしている。ずっと同じ姿勢で歩いているものだから腰がこって痛いし、あとはもう早くゴールして横になりたいと思っていた。朝日が照らす旭川沿いの土手を歩いている時も早く終わることだけを願っていた。ゴール数百メートルで、どう見てもそれ走っているじゃないのと思う人もいたけど、順位なんてどうでもよかった。寒さと疲れの中、笑顔のハイタッチで迎えてくれたゴールのサポーターの皆さんありがとう。曙光の中、僕達以上に疲れているであろうみなさんの明るさが、涙もろくなったおじさんを少しうるっとさせました。一応目標時間をクリアー出来ました。大会関係者の皆さん、夜遅くまで炊き出ししてくれた方々、声かけしてくれた同志のみなさんありがとうございました。一人では決して達成できないことをやり遂げられました。
でも・・・ごめん。
わたしはウルトラマラソンの方が好きかな。