田中 勝也さんのメッセージ

24時間100Km歩行(2015) – サポータ編

1. はじめに
2013年、2014年とチャレンジャーとして参加した24時間100キロ歩行ですが、今年はサポーターとして参加することにしました。
過去2年の100キロ歩行の後は、2年とも要介護状態になり、ゴールデンウィークはどこにも行けない状況で、家族からも身体の心配をさせるばかりなので、今年はチャレンジャーではなく、サポーターとして参加することにしました。
といった事情もありますが、理由はそれだけではなく、100キロ歩行を別の視点で見てみたいというのがサポーターとして参加する一番の理由でした。

1. サポーター交流会
サポーターを決めた1月の下旬には、サポーター交流会がありました。そこでは、たくさんの実行委員の方と知り合うことができました。
そして、晴れの国岡山の100キロ歩行は、サポーター日本一を目指しているということを知りました。実行委員を中心としたサポーターの方々の高い志しを知ることができましたし、何よりも皆さん良い方ばかりで、一人でノコノコ参加して不安でしたが、その不安も一蹴してくれました。
日本一のサポーターの一員として頑張ることを覚悟した交流会でした。

2. 大会当日
さぁ、いよいよ大会当日です。チャレンジャーの時とは違う緊張感ではありますが、サポーターも初体験ですので、若干心が昂っていたんだと思います。なんせ目覚まし時計が鳴る1時間前には目が覚めましたから(笑)
7時30分ごろ、後楽園に到着し、サポーターの説明を受けました。区分けされていて各区にリーダが配置されています。森下さん、坂本さん、濱本さんのリーダのもと、2区、6区、8区を担当することになりました。

2区(西大寺中野本町交差点誘導)
ここでは、大きな経験がありました。信号を渡るように誘導する予定でしたが、工事で歩行者が歩く道が細くなっているため、信号を渡らずに右側通行を誘導することになりました。当日でも安全第一に臨機応変に変更するんだと感心しました。
そして、もっと大きな出来事が。
最後の方に通過しようとしていた30代男性がふらふらしていて様子がおかしい。声をかけると、『気持ちが悪く、汗もでない』と、素人目にも熱中症な感じがした。椅子を用意して座ってもらい、リーダの森下さんに連絡。藤原さん達も私たちを見つけてくれて、介護班にも連絡してもらいしばらく介護した。この男性、去年は95キロまで歩いてタイムアップして、今年はリベンジする予定だったとのこと。去年も悔しい思いをしたのに、今年はもっと早いリタイアとなったのは残念ですが、リタイアを決めるのも勇気がいること。自分の体調と相談しながら勇気あるリタイアを決めた宮武さん、今年も残念でしたが、来年リベンジしてくれることでしょう。

6区(伊里漁協)
チェックポイントのチェックのお手伝いや、伊里漁協近くの交差点での誘導、伊里漁協から閑谷学校に向かう途中の2号線の交差点での誘導を行った。私もチャレンジャー経験者なので、このチェックポイントに辿り着くまでの大変さは知っている。でも、ここに来たら炊き出しもあり、ゆで卵に元気をもらえるポイントであることも知っている。
ここではチャレンジャーとできるだけ触れ合うことができるようにと配慮してくれたリーダの坂本さんには、とても感謝しています。チャレンジャーとの触れ合いはサポーターにとって重要な役割だと思います。
時間も押し迫ったころに到着したチャレンジャーの皆さん、みんなリタイアかと思いましたが、何人かはリタイアしたものの、何人かはまた次に進みだしました。その姿を見るだけでも感動です。
そして、ここを最後に出発した男性(確か306番)は、もうとてもゆっくりなペースで歩いていましたので、私は次の閑谷学校まで辿り着けるのかとても不安でした。次のサポート区間に移動するために、そのチャレンジャーを車で追い越すときに少しだけ声をかけてその場を去りました。その方がどうなったかは、もう少し後に記述したいと思います。

8区(リバーサイド)
リバーサイドでは、担当の時間になるまで少し時間があったので仮眠できました。1時間程度の仮眠でしたが、少し元気を取り戻すことができました。担当のリバーサイド前の誘導ポイントに行く前に驚愕の事実を知りました。そう、伊里で最後に出発した男性がここリバーサイドまで辿り着いたということ。私はチャレンジャーを見くびっていました。閑谷学校さえ無理と思っていたのに、リバーサイドまで来るなんて信じられませんでした。さすがにここでリタイアしたみたいですが、どうやってリバーサイドまで辿り着いたのかとても興味があります。とにかく凄いと思いました。機会があればお話し聞かせてもらいたいと思います。
このチェックポイントではもう一つ思い出があります。最後尾でやってきたチャレンジャーの方、このチェックポイントの直前で、道に迷って時間もギリギリだったため慌てていて両足首を痛めたとのこと。歩き方も痛々しく、リバーサイドへの橋を渡るだけでもかなりの時間がかかりそうでしたし、タイムアップもしているので、リバーサイドまでの僅かな距離は車で送ってもらおうとしました。サポーターとしては、過度なサポートをしようとしていたのかもしれません。その方は、私が車で行った方が良いというのを振り切り、自力でリバーサイドを目指していきました。両足を痛めているのに一歩ずつ前に進む姿には感動です。リバーサイドまでの数十メートルを一緒に歩きました。もうリタイアは決まっているのに、なぜ、そうまでしてチェックポイントまで自力で進もうとしたのか、もう一度そのチャレンジャーの方とお話してみたいです。道に迷わなかったら完歩できたかもしれません。道に迷わないようにサポートできるように改善して欲しいと思います。

ゴール地点
笑顔でゴールする人、足をひきずりながらゴールする人、家族に出迎えられてゴールする人、仲間に出迎えられてゴールする人、身体が傾きながらゴールする人、涙しながらゴールする人、弾みながらゴールする人、チャレンジャーの方々数人で手を繋いでゴールする人、放心状態でゴールする人、色々なゴールシーンを見ることができました。完歩されたチャレンジャーの方々本当におめでとうございました。
一昨年途中まで一緒に歩いた『古徳さん』も元気にゴールできて良かった!
ハイタッチに応えてくれたチャレンジャーの皆様、ありがとうございました。
そして、リバーサイドの前で動けなくなったチャレンジャーを介護するために1時間のロスをしてゴールに間に合わなかった矢吹さん、自分のゴールよりも他のチャレンジャーの介護を優先したと聞いてとても感動しました。時間内にゴールすることは大切です。しかし、その目標を犠牲にしてまで起こした行動は、もっと大事なことだったと思います。

3. 振り返って
100キロ歩行、やはり過酷なチャレンジであることを再認識しました。実行委員の方々の熱い思いでこの大会が開催されていることも知ることができました。
チャレンジャーはなぜこれほど過酷な闘いなのに苦しい思いをしてまでゴールを目指すのか、ゴールできないとわかった時点でも自分の限界まで挑むことがどうしてできるのか、すごいパワーが溢れている大会だと思います。
初めてのサポーターでしたので、どういう声掛けが元気にさせることができるのか、わからないまま終わってしまいましたが、できるだけ元気づけられるようにサポートしたつもりです。少しでもサポーターの声掛けに元気づけられた方がいらっしゃったら幸いです。

4. 最後に
完歩されたチャレンジャーの皆様、本当におめでとうございました。
残念ながらリタイアされた皆様、それも貴重な経験になったことだと思います。そして、リタイアする勇気も必要なことを知らされました。限界まで挑戦した姿には敬意を表します。そして、必ずリベンジしてもらいたいと思います。
そして、サポーターの機会を与えてくださった実行委員の皆様、本当に良い経験ができました。
誠にありがとうございました。
2年のチャレンジャーと初のサポーターの経験をしました。
これからも100キロ歩行に何らかの形で関わっていけたらいいと思います。
生半可な気持ちではチャレンジできませんが、サポーターをしてみてもう一度チャレンジャーとして参加したい気持ちもあります。
身体と心と相談しながら、来年チャレンジャーとして参加するか、一年かけて悩んでみたいと思います。