前田 大さんのメッセージ

今年初めて岡山100キロ歩行に参加した。
先輩から100キロ歩くのに必要なのは『心、体、道具』他にもいろいろアドバイス頂いて感謝と不安が増しました。
準備期間中僕に完歩できるのだろうか。まず、それが一番強い感情だった。
当日までにアドバイスの中の80%ほどはできたんじゃないかと思うが、前日2時まで仕事が長引き、寝たのは3時。
朝は6時起き。
からの24時間100キロ歩行かぁー。
って、すでにやる前から自分に言い訳を作ってる自分にまず、さっそく気づいた。
当日の朝
恐怖7割
緊張2割
吐き気1割
およそ楽しむ余裕が無い、天気も良くない。切り替えがうまくいかない。
しかし、送ってくれた妻と産まれたばかりの娘への『かっこいいお父さんになりたい』で、切り替えれた。あとの方にこの気持ちの切り替えはとっとこうかと思っていたが、朝一で使ってしまった。
しかし、この気持ちの切り替えのおかげか、40キロくらいまでは足は当然のように痛いがどんどん進めた。
40キロすぎるくらいから暴風雨のなかでの山越えがはじまる。幸い広島からの参加者の人と励まし合いながら、いや、天気やコースに文句を言い合いながら、なんとか乗り越えました。すごく大変だったが距離全然進んでなくて衝撃。
備前中で座り込むが、ゆで卵と炊き出しとサポーターの人に助けられる。
手当てとはよく言ったもので、がんばれって背中を押してくれる手が。肩を足をもんでくれる手が。
初めて会った、赤の他人の手が当たるだけで、こんなに自分に力を与えるとは。
なんか、大げさに聞こえるかもしれないが、これは出た人ならわかるはず。
日生まで平地だがここでも暴風雨。
しかしスイスイいけた。

そしてついに半分50キロ。
みんなまだ半分かと思う所だと思うが、僕はこれからは帰り道と先に思った。だから電話をかけてしまった。無性に今から帰るからね!と伝えたくなった。
ささいなことが自分の体に大きな影響をだす。そんな感じがしてならなかった。
こんな感覚初めてで、運良く娘の声もきこえて更にアドレナリンが噴出。父ちゃん頑張ってるぞ。まってろよ!すぐに帰るからな!
帰りを待つ家族のため。
とかなんとか、良さげな事をいろいろ自分に言い聞かせ歩いた。

しかし、ついに体は思ったように動かなくなってきだした。
68キロ地点くらいでこれまでのつけか。アドレナリン切れか、ウォーキングハイが終わったのか。
いや違う。残り30キロいけそうじゃん。と思った瞬間だった。
油断した。体の痛み疲労が一気に全身をかけめぐった。気がした。
70キロ地点。すでに立てない。
頭はやる気満々。体は完全オーバーヒート。
無理やり立たせてもらってスタートした。そっからはもお、地獄だった。
和気の土手沿いを永遠と時速2キロくらいで足をひこずりながら歩く。

このくらいからチラホラ道路でうずくまってる人達をみるようになる。

なんども立ち止まるが痛すぎてストレッチすらできない。そしておいつめられていくと、どんどんマイナスイメージばっかり、自分は良くやったよ!とか、自分の中の限界は超えたとか、今思えばあそこが本当に自分との戦いだったんだなーと。

ついに痛みと時速2キロくらいでしかあるけないストレスが限界にたっして、75キロ地点。情けない。あと、25キロ。4分の1,、、残り時間はまだ8時間くらいあった。このペースじゃ間に合わない。奇跡なんかおこらない。早く楽になりたい。諦めよう。
なんだかんだ感情はあったが、結局、楽になりたいという気持ち以外は全てたてまえ。
リタイア決意。


しかし、、、
ここではリタイアできません。80キロ地点のチェックポイントまで頑張ってください!の一言。
そこでなんと笑いがでた。
あーやってやります。歩いてやりますよ残り5キロ。足をひこずりながらな!!
ちくしょう!!
スイッチが入りましたー!と思ったものの、1キロぐらいでスイッチがきれる。

切れた時に、涙腺も切れる。
前半あんなに追い越した人達にどんどん、置いていかれる。
足が思うように動かない。
なんでこんな事を、
思い出したらきりがない。ネオポリスの坂道もきりがない。
泣きながら歩いてる僕を追い越すチャレンジャーの優しい言葉が、飴と鞭。
もお、がんばれって言うなよ!頑張ってるよ!の自分と、
ありがとうございます!あなたも同じようにキツイはずなのにありがとうございます!の自分。

この5キロが僕の100キロ歩行を出て一番の成長ポイントだったのは間違いない。そう思うと、、、残りの20キロには何があったんだろうと非常に後悔した。
81、2キロがぼくの初めての100キロを目指して歩いた僕の結果だった。

帰りのバスに乗るのにも両肩を担いでもらいました。こんな汗臭い僕を嫌な顔1つしないで本当ありがとうございます。

帰りのバスは痛みと疲れと眠気で記憶なし。

ついたは良いがおりれない。ここでまた両肩を担いでもらってなんとか救護テントまできた。
まだ朝の6時くらい少し寝て帰ろとおもいクタクタボロボロで眠りに入る。

しかし眠りについたのもつかの間、
、外がなんだか騒がしくなりだし、、目がさめる。外を見ようとほふく前進。
そう。目覚ましは完歩した方へ贈る拍手喝采。
朝は昨日と違いすごく良い天気で、日差しは一層完歩した人達を輝かせてみせた。人ってかっこいい。
そして、
救護テントで今度は混じり気の無い悔し泣き。


あー早く家族に会いたいと思っていたらふと思い出した。妻は体調をくずして迎えに来れない事を。
やっとこさ身体を立たせて、足をひこずりながらなテントをでて、偶然備前中で良くしてくれたサポーターの方に会い、これまた救いにあい。いや、まさに、、救いに愛。男の人でよかった。笑

そのあとはバスとタクシーを乗り継ぎ。
なんとか帰宅。。

また家について妻の無償の愛情が身に染みた。

この81.2キロ分だから、偉そうに言える事ではないからあれですが。
僕は出てよかったです。人に対しての接し方が変わります。

来年もでます。80キロ地点の僕に会いにいきます。
ちゃんと、100キロまで連れて行きます。

参加した皆様。
サポーターの皆様。
実行委員の皆様。

本当にお疲れ様でした。
来年こそは完歩します。

楽しみにしてます。