金光 友加さんのメッセージ

このたび24時間100キロ歩行に参加させていただいたことは、今までの人生において一番壮絶で、忘れられない貴重な経験となりました。
 参加のきっかけは、「限界への挑戦!限界を越えた時に何が見えるのか?!」という言葉に惹かれたことです。

 今回の結果は、残念ながら完歩することはできませんでした。

 来年に向け、今回のリタイアした結果をふりかえる必要があると思い、決断に至るまでの苦悩と葛藤について、拙文ではありますが書かせていただきます。

 一番の反省点は、自分の練習不足でした。当日までの練習は、10キロを10回、20キロを2回、30キロを1回歩きましたが、速度を意識して歩いていなかったため、完歩できる体力が十分付いていませんでした。
 また、下見を兼ねて、自転車でコースを確認しましたが、体力不足から100キロを走りきることができず、不安を抱えたまま当日を迎えてしまいました。
 せめて道具だけは、万全を尽くそうと、足にあった靴と足形ソールを作成し、5本指の靴下を履き、事前に練習で何度も使用し慣らし、足が痛くなる不安は解消することができました。

 当日は、心配していた天気も良く「さすが晴れの国」ということで、清々しくスタートを切ることができました。序盤は快調に歩くことができて、43.9キロの備前中学校までは時速5キロペースを上回り、順調そのもので、この時点では完歩できるものと信じていました。
 しかし、後半に貯金を残そうと懸命に進んだことで、足へのダメージと体力の消耗とで、この後は、苦しい局面が何度も訪れました。

 備前中学校以降は夜間装備になり、足元に注意を払いながら黙々と歩き、半分の50キロを越えた場所にある伊里漁協に着きました。ここで5分ほどイスに座り休憩し、立ち上がった瞬間一歩が出ず、足が痛く、この時点で焦りと不安で一杯になりました・・・

 そこから目に見えてペースが落ち、54キロ地点のセブンイレブンで、足の痛みに我慢できず、痛み止めを飲みました。その後、やっとの思いで閑谷学校緑地公園に到着。倒れるようにシートの上に寝転がりました。

 ここで、温かい豚汁と栄養ドリンクをいただき、体力が少し回復しましたが、この後は、難関の山越えです・・・
 見上げると急坂に青いライトの光が見えて「もうだめだ」と思って歩き出した時、奇跡のように足が軽くなりました。やっと痛み止めが効いてきたおかげで、快調に坂を登り、苦手な下りもスムーズに歩くことができました。

 しかし、奇跡は直ぐに終わり、山を下ったころには痛み止めの効果も薄れ、ここからが悪夢の始まりでした。
 この後、今までの倍以上の痛みが来て、足首と脛、さらに腰と腿に激痛が走りました。

 リバーサイド和気に着く頃には、ヨチヨチ歩きでしか進めず、絶望感からリタイアが頭をよぎりました。何とか到着した後、シートに倒れこみ腿をもみほぐして、次のポイントの磐梨中学校を目指すことにしましたが、立つのがやっとの状態でした。

 その時は完歩したい気持ちだけで、気力で一歩ずつ足を前に進めて行きました。
 しかし、一向に回復することなく、100人近くの人に抜かれ、追いすがることさえ出来ず、私をサポートしながら一緒に歩いてくれている主人に申し訳なく、情けない気持ちで一杯になりました。

 永遠に続くかと思われた土手沿いの道で見えた、置かれたライトと夜空の星が、とても美しかったのをはっきり覚えています。この区間の7キロに2時間も費やしてしまいました。
 76.6キロ地点の磐梨中学校に何とかたどり着きましたが、ここで苦渋の決断でリタイアを決めました。残り6時間で23.4キロ。普通に考えれば完歩できますが、激痛で一歩も足が出せない状況では、やはり難しかったと思います。

 回収のバスに乗り、リタイアした選手でバスが満員になるのを目の当たりにし、苦しみ悩み抜きこの選択をしたのは自分だけじゃない、この24時間100キロ歩行がいかに過酷だったかを思い知りました。
 昇る朝日をバスの中から見て、こんなはずじゃなかった・・・(涙)
 歩きながら見たかったなぁと切なくなりました。

 自ら掲げた目標である限界への挑戦。確かに限界は越えました。しかし、そこに見えたものは「新たに強くなった自分」ではなく「情けなかった自分」でした。

 今これを書きながら、あの時こうしていれば、ああしていればと考えるときりがありませんが、全ては自分の力不足、練習不足でした。
 具体的には、歩き続けられる体力を得るための速度を意識した練習、下り坂の歩き方の克服が今後の課題です。

 この悔しい経験を生かして、来年は絶対に完歩したいと強く心に誓いました。

 末文になりますが、素晴らしい大会を企画運営していただいた運営スタッフの皆様、あたたかく支えてくださったサポーターの皆様、大変お世話になりありがとうございました。