村上 茂樹さんのメッセージ

  161村上茂樹
今度の100キロ参加には、二つの意味がありました。昨年伊里漁港で自らリタイアしてしまった不甲斐なさの克服と友人の完歩のサポート。2月末に右のアキレス腱断裂の手術をした後ギブスが取れないまま春の嵐の中、制限時間ギリギリで伊里まで行けたのに、自ら両備収容バスの車内の暖かな光に誘われて諦めてしまった。同じ状況下で昨年の借りを返すべきだが、左のアキレス腱は温存したいし、今年は晴れの国・岡山の本領発揮、名誉回復、昼は曇り空、夜は晴天。初めて参加させていただいた一昨年の参加理由の一つに、星空の下を歩く素敵な体験をすることでしたが、薄曇りのため叶いませんでした。でも今回は上弦の月が山に隠れた和気のあたりから星空がとても綺麗で、磐梨中学を出たあとで流れ星を西の空に見ました。2秒ほどの瞬く間に願い事はできませんでしたが。5月の夜はまだ寒い。4枚の重ね着で、タイツで歩いている時はまだ自熱でしのげますが、止まって休憩すると冷えてくるし、動き始めは足の筋肉が固まってしばらくはロボット状態。友人がホッカイロを求めてコンビニに入りましたが、さすがにもう置いてなかったようです。そんな夜の寒空で、サンダルおじさん(自分と同年代の人に失礼ですが)の短パン姿には脱帽です。和気の中山の無料休憩所の皆様、ありがとう。暖かい家庭的な雰囲気、よくダシのしみたおでんとおむすびにとても元気が出ました。和気出身の自分にはみなさんがチャレンジャーの深夜の心のオアシスであることに郷土の誇りを感じます(今度あのおでんで熱燗を飲みたいなぁ)。サポーターの皆さんの励ましで今年は完歩できました。卵かけご飯と豚汁、ぶっかけうどんを提供していただいた会社や医院の皆さん、ありがとう。それぞれの暖かさから心と体にエネルギーをいただきました。閑谷で遅い時間まで励ましてくれた女の子にもありがとう。きっと人を思いやる素敵な両親に育ててもらっているんだね。それに参加したチャレンジャーのみなさん、月の光もとどかない閑谷の山あいの鹿出没注意の坂道や、いつまで続くのかと辛かった和気から熊山までの吉井川沿いの小さな揺れるLEDの堤防でも、前をゆくみなさんがリュックにつけた青い回転燈がどれほど心強かったことか。サポートなしでも、そして一人でも歩き続けることはとても難しいことがわかりました。人生観が変わるまではいきませんでしたが、次の日見慣れた風景がなぜか新鮮に目に映る不思議な体験をさせていただきました。後半足の動きが鈍ってしまい、「自分には100キロはまだ早かった」と弱音を吐く友人の完歩のサポートもでき(柳井審判長、終盤友人の手を引いての歩行はレッドカードでしたか?)、まずは今回の目標は達成できました。ゴール後「昨日100キロ歩行に入学しましたが、今日卒業します」と語ったそうな学校の先生、「2年間歩かせてもらったから今年はサポートに回りました」と言われた方、みんな素晴らしい。そして半年前から準備していただき、前日から30時間不眠で頑張ってくださった大会運営事務局の皆様、本当にありがとうございました。ご苦労様でした。
テーマソングを聞くといい年してうるっときます。Lugz&Jeraさんにもありがとう。
さて来年の参加はどうしようか。目標とするなら、老いゆく体に鞭打っての歩行時間の短縮、これか。(本心は娘と歩きたい。親子でゴール、いいなぁ。)

最後にひとつ大会事務局からウォーカーへの注意喚起をお願いします。二日目の朝5時半ごろ、赤磐医師会病院の交差点の赤信号を平気で渡っていく人がいました。「危ないですよ」と大きな声で2度3度声をかけても全然反応しません。イヤホンをして下を向いて片足をひきずりながら、叱られて拗ねた子供のように、あるいは希望をなくした老人のように、とぼとぼ横断歩道を歩いて行きます。休日の朝の早い時間だったから怒りのクラクションはありませんでした。神の目を持つ審判長のホイッスルも響きません。立ちション、夜間の仲間内の大きな声でのカラ元気話や交通規則の無視など、地域住民の不満から瀬戸内海の橋を渡る素敵な100kmの大会が消失したと聞き及んでいます。電子音楽は、周りの状況を感知できる程度の「囁き」にするように勧告していただければと思いました。どんな音の調べも生のサポーターマン&レディーの言葉と笑顔の温かい励ましにはかなわないぜ。