3度目の参加になりました。
1度目は、90キロで無念のリタイア、もうちょっとでしたが、最後2時間で10km歩行には心が折れちゃいました。
2度目は、あの伝説の暴風雨の中での歩行、50km伊里漁港で断念しちゃいました。
3度目は、この数年の間に、心が病みかけるなどいろんな事があったのですが、どうにか自分を変えたい、変わりたいとの気持ちもあり決意を新たに、今度こそと志を持っての参加でした。

練習もしていましたが、全く足りなかったことを30kmの時点で実感しました。すでに足が痛い、これはヤバイ、もうリタイアしようかと心が折れかけちゃいました。
だけど、周囲には同じようにがんばって歩いている方がおられました。親子参加の子どもさんも小さいながらすごくがんばっておられました。
もうちょっとがんばろうと心の中で励まされました。
40km、野次神社からの山越えは本当にきつかったです。一気にペースダウン、足はこむら返りと大腿部の痙攣が山彦のように繰り返され、もうだめだと本当に心が折れかけました。
特に下りは、きつかった〜。
備前中学校でリタイアしよう、ここまでよくがんばった、仕事もあるし、これ以上は影響が出ちゃうと・・・自分にめちゃくちゃ言い訳をしながら、そればっかり考えながら、ひたすら苦行のような歩行でした。
このときは、歩きながら楽しくなかった、楽しめていなかった自分を思い出します。
到着後、みんな痛そうな足をさすっていました。私だけじゃないって思いました。
このときの「鳥丼」は、本当においしかったです。むちゃくちゃPowerを頂きました。
そして、サポーターさん達のマスク越しの笑顔、応援に本当に助けられました。マスク越しだけど本当に応援してくれている笑顔を感じられちゃいました。ありがたかったです。
リタイヤを決意していたのも関わらず、もうちょっと、50kmの伊里漁港までがんばってみようって決意を新たに、再度出発しました。
伊里漁港までは。すでに闇夜の中を歩きながら、この頃はあまりネガティブなことは考えていなかったと思います。平地歩行でもあり、とにかく身体のメンテナンスを考えながら歩いていました。
メンテナンスって言っても、特に何が出来るわけでもなかったのですが、呼吸に気をつけて歩いていました。出来るだけ呼吸を整えて、腹式呼吸を意識して、丹田に呼吸を落として歩くと痙攣していた足も少し楽になりました。体中に緊張もあり、どんどん痛くなってきていたところを呼吸を整えて、出来る限りチカラを抜いて歩くこと、脱力を出来るだけ行いながら歩きました。このことが後に完歩することに繋がった気がします。
くるしい、しんどい、もうだめだ、と心が折れそうになることばかり考えながら歩くのは、本当にだめですね。私は孤独歩行だったのですが、周囲の人たちの楽しそうな声に最初はいいな〜、うらやましいな〜って気持ちもありましたが、途中からこの声が応援のようにも聞こえてきていた気がします。
前に前に、もう一歩もう一歩、もう少し、もうちょっとあそこまでがんばろうって気持ちで進んでいました。
伊里漁港を出発すると、過酷な閑谷学校までの道のりですが、この頃には前に前に進んでいました。まだ楽しいって気持ちにはなっていなかったですが、少しずつ足の痛み、痙攣なんかもコントロール出来ていた気がします。ポジティブは「神」ですね。このころに考えていたのは、大好きな某人気アニメの「○○の呼吸、うちしお!」「俺は俺の責務を全うする!!」なんて事をずっと考えていました。
今から考えると、この頃にはちょっと楽しんでいた自分がいました。
60kmの閑谷学校での「豚汁」は忘れられません。この夜は本当に寒かったです。そんな時にこの暖かい「豚汁」はまさに「命の豚汁」でした。この豚汁があったから更に前に進むことが出来ました。
2杯3杯と頂きたかった気持ちを抑えつつ早めに出発したことを覚えています。
前回参加では伊里漁港でリタイアしちゃったので、閑谷学校のあとの山越えを知らずでした。この山越えもホントに過酷な道のりでした。
いつ終わるんだ、登りがあれば下りがある・・・正直、恐怖を感じました。しかし、若干のポジティブ化していた私には、今や「○○の呼吸」が存在していました。しんどかったけど一気に終えることが出来ました。
だけど、和気リバーサイドまでの10kmの道のりは、気持ちの上でとっても長かった〜って気がしました。
途中、道を間違えかけたのですが、周囲の人たちと声を掛け合って進むことが出来ました。
このときの声かけは、ひとりじゃないって元気になりました。お互いの声かけって本当に大事ですね。
道を間違えかけたことについて、なかなか難しいのかと思いますが、矢印が蛍光マーカーだと分かりやすくて助かるなと思いました。道交法上難しいのかも知れませんが、ご検討頂けると幸いです。ペンライトは大分光量が落ちちゃっていて、見にくかった記憶があります。
70km和気リバーサイドを出発してからは、とにかく前に進むことしか考えていませんでした。足の痛みはずっとありました。足だけではなくて、全身が痛かったように思います。肩、腰、下肢全体、かかと、足底、どこもきしんでいました。
リタイアも心の中にはあったように思いますが、だいぶ奥底に移動してくれていました。
それにしても、とにかく寒かったです。この寒さ、ちょっと休憩しただけで、即、心をむしばむ様なものでした。約80kmの磐梨中学校での「おにぎり」はおいしかった記憶はあるのですが、だけど、寒かったことがとっても勝ってしまっていました。Power補給して、早々に出発しましたが、短時間休憩にもかかわらず、身体は冷えきっていました。このあとしばらくは震えながら歩いていたことを覚えています。
事前告知もあり、ダウンを着込んで歩いていたのですが、ここはそう言う中できつかったポイントでした。
その為か、この辺りからペースダウンしちゃったように思います。
荷物は減らした方がいいけど、防寒対策は今後の課題として意識していきます。
ここから残り約20kmは一気に歩ききりました。
以前にリタイアした90km地点の高速下のセブンイレブンを横目に、よっしゃー!!って気持ちになりました。
この先は未知の領域ではあったのですが、じつは前年の練習会にて瀬戸駅からゴールまで1度歩かせて頂いていました。このことは大きかったです。
今年は練習会はありませんでしたが、とっても心強かったです。あの練習会は公式ではなかった気もしますが、ぜひとも再開して頂けると嬉しいです。
もう、よっしゃー!!って気持ちになってからは、最後の力を振り絞っていました。
この頃には正直、少しずつでしたが、楽しくなっていました。
あと少し、あと少し、前へ前へって気持ちが足を動かしてくれていました。
ゴール直前に橋を渡って土手階段を降りるところがあるのですが、ここはきつかったです。平地、坂を歩くのとは違って、階段がこんなにきついとは思いませんでした。ここで力の入れ方が悪かったのだと思いますが、足底の水ぶくれが潰れちゃいました。
だけど、ゴールは目の前、痛いけど自然と笑顔が出ていました。
ゴールが見えたときには、思わず涙が出そうになってしまいました。
本当に嬉しかったです。色々な気持ちが吹っ飛んだような覚えがあります。
すぐに自分が変わるとは思えませんが、やりきった感は、ここ数年のネガティブな自分の心に大きな応援をくれたように思います。
ゴール直前にサポーターさん達が手を振ってくれている姿が見えたとき、内緒ですが、うるっときて涙がこぼれました。すぐに隠しちゃいましたけど・・・
サポーターさんの応援は、完歩したからというわけでなく、本当にどこの場面でも力を与えてくれました。
正直言って、序盤で足が痛くてリタイアを考えていた頃は、ネガティブな気持ちが湧いてきた事もあったのは事実でした。
だけど、本当に支えられているって、支えてもらっているって、「生きている証」なんだって感じることが出来ました。
私も職業上で支える立場なのですが、あらためて意識することが出来ました。
本当にありがとうございました。私たちは動いているので寒さは途中で忘れることが出来ましたが、寒い中、震えながらも応援して頂いた姿は忘れられません。
終わってからは、一気に痛みが襲ってきて苦労していますが、嫌な感じはしていないです。
今回、いろいろな想いを抱えて参加させて頂いた中、大きな転機になるかも知れないなって、なんとなく感じています。
変わらないかも知れませんが、とっても大きな、素晴らしい体験をさせて頂いたことに感謝しています。
ここで終了させてしまうのはもったいないとも感じていますので、次回、次々回、更には他のイベントにも参加していきたいと考えています。
本当に、本当にありがとうございました。
1509 藤澤 真弥

