「晴れの国おかやま24時間・100km歩行記」中山善吾

「ゴールが見えた!」
と、思わず叫んだ。安堵感が込み上げてきました。
そして、
昨日の午前10時にスタートした岡山市中区西川原の河川敷に、無事戻ることができました。
「ありがとうございます」
「お世話になりました」
「約束を守れてよかったです」 注:18時間完歩のことです。
と、スタッフの皆様に話しました。写真を撮って、完歩証明書を頂いて、タクシーで帰宅しました。

17時間22分28秒の完歩でした。17位のようです。トップはおそらく15~16時間台だと思います。
3年前に「晴れの国おかやま24時間・100km歩行」応募してから、3年目でやっと開催できました。
後にも先にも、この大会が100km歩行の最後と思って臨みました。

大会に向けて

日頃は、1日100分の練習をしています。歩いたり、ストレッチをしたり、園芸作業をしたり、ボランティアをしたり、自転車に乗ったり、泳いだり、等々をしています。私は身体を動かすことを練習として考えています。通常の月は1ヶ月3000分です。それを3月は4500分、4月は5000分練習しました。
これぐらい練習すれば「完歩できるだろう!」と思っていました。
ただ、左骨盤が痛いことが4月下旬頃から気掛かりでした。
4月下旬には、軽い服、日射病対策、雨具、靴擦れ対策、食べ物や飲み物の種類・量など、当日の服装や携帯品を考えました。
帽子は縁の広い麦藁帽子、シャツは襟を立ち上げることができるポリエステル製、ズボンは軽いポリエステル製、軍手の指を切った手袋、万歩計+時計、靴は日頃履いているジョギングシューズ、靴下は5本指製、Tシャツはポリエステルの短いものと少し厚手の長袖の2枚、上着は薄い物などです。
私は、お腹が空いたらやる気をなくす歩行者ですから、食べ物は、おにぎり6ヶ、おかき1袋、クエン酸入り塩飴、黒糖飴、カロリーメイト、みかん6ヶ、干しぶどう、携帯塩、ストレート紅茶、などを用意しました。

5月3日 午前10時スタート

黄色い小さなリュックサックに、スマホ、懐中電灯3ヶ、夜光たすき2本、ビニール袋、カット絆、などを入れて、電車に乗りJR西川原駅に降りました。受付をし、開会式に参加、軽いストレッチをしてスタートを待ちました。総勢600人を3グループに分けて、10:00、10:05、10:10にスタートして行きました。(私は10:00)

津田永忠功績跡などの歩行コース

西川原河川敷➯百間川を南下➯政田サッカー練習場➯西大寺・永安橋➯邑久➯長船➯備前市伊里➯閑谷緑地➯和気大橋➯磐梨中学校➯ネオポリス・桜ヶ丘➯牟佐➯中原橋➯西川原河川敷を歩く100kmです。
数カ所に給水やトイレやチェックポイントや関門、そして、炊出しが、備前中学校44.8km(鶏飯丼+ゆで卵)閑谷緑地公園60.2km(豚汁)、磐梨中学校77.5km(お結び2ヶ)の3ヶ所ありました。事前に地図を渡されていましたが、要所には案内スタッフがおられ助かりました。しかし、夜は見通しが悪いことや、歩行者が疲れてくることから、判断を誤ることがあったようです。(私の実感です)

スタートからゴールまでの様子

スタート後は、百間川の河川敷マラソンコースを歩き始めました。私の前に100人くらいいました。テニス、クリケット、サッカーを楽しんでいる人を横目に歩きました。10km過ぎでは太鼓の演奏、のりさんが応援してくれました。百間川水門で「すみませんね~私たちの遊んでいる人のために…」と、スタッフの方を労いました。

岡東浄化センターを過ぎた辺りの道端に座り靴紐を締め直しました。そして、歩きながらおにぎりを4ヶ食べました。金岡東町辺りで左腰が痛くなってきました。予想より早い痛みに初めて不安になりました。

永安橋を渡って邑久の中心街に入りました。ある人が話し掛けてきて「皆さん足は痛くないんでしょうか?」私は「そんなことはありません」と、応えました。ある人は「安心しました」と、話していました。

トイレは「立ちション、もちろん座りションもいけません。見つけたらレッドカードです」と、開会式で、審判の楽しい説明があったので勿論遵守しました。長船の湯次神社から県道425号に入り備前中学校への山越えの約3kmは険しい箇所でした。下り道で3度、後ろ向きで50mほど歩きました。5歳くらいの女の子が「頑張れ」と、楽しそうな応援の様子、私は手を振って応えました。そして「あと1~2時間くらいしたら小学生が来るよ」と、伝えました。備前中学校で鶏飯丼とゆで卵を頂き、トイレ休憩を10分以内で済ませて、下り坂での足に痛みと疲れがありましたが、前の人を追い再び歩き出しました。夕陽の影が少しづつ長くなっていきました。
左を見ていたら歩道にあるガードミラーに、頭が「ゴン!痛っ~!」麦藁帽子でケガをしなくて済みました。

伊里漁協51.3kmで夜の支度をしました。Tシャツの着替えをしてリュックを背負ってしまい、先に夜光たすきを2本X字に取り付けてから、リュックを背負わないといけないのに、情けないがやり直しです。どんどん思考力が低下してきていました。そして、閑谷学校に向けて歩き始めました。少しずつ懐中電灯が要るようになってきました。100km歩行の大きな目安は、閑谷学校に夜20時迄に到着出来るかどうかでした。しかし、閑谷学校と閑谷緑地公園を間違えてしまいました。閑谷学校に着きましたが誰もいませんでした。うろうろしました。地図を明かりの下で見て、トンネルを抜けて閑谷緑地公園へと進んでみました。そして、明かりと人の姿を見つけて「ここが閑谷学校ではなく閑谷緑地公園」だと判明しました。

10分以上のロスです。20時迄の到着予定が5分ほどオーバーしていました。温かい豚汁を頂きました。係の方に「閑谷学校方面と閑谷緑地方面の分岐地点に案内人か矢印があると、私のような人がいるので、お願いできませんか…」と、伝えました。20時20分頃に再び歩き始めました。またしても約3kmの山越えの険しい箇所。下り坂になり、夜空を仰ぐと北斗七星が綺麗でした。でも、養鶏場の糞の臭いがしてきて辛抱の時間帯でした。
ここでも後ろ向きで3度、50mほど歩きました。この歩き方は、20歳代の頃に六甲山で覚えた方法です。足の疲れ対策や筋肉痛のストレッチになります。少しですが楽になれます。

水行谷神社65km付近では地図にないエイドステーションがありました。お姉さんお兄さん10名ほどの接待です。「この温かいソーメン、美味しいですね」とか雑談をしながら「ご馳走様でした」と言って、教えて頂いたトイレのあるJR和気駅を目指して歩き出しました。JR和気駅は片鉄ロマン街道です。今週末の日曜日に、友達とサイクリング計画を話し合うスタート地点です。でも今日は夜、景色がよく分かりませんでした。歩きを続け、和気大橋にあるリバーサイド和気69.9kmを目指しました。少しずつ冷えてきました。

リバーサイド和気を過ぎ、左手(南側)に吉井川の流れる音を感じながら、その向こう側の山陽本線の電車を見ながら、暗い歩道は左右に高さ3㎝ほどの光るオレンジ色の目印が、30mほどの間隔でありました。左側を歩いていたので、右側の光るオレンジ色の目印が、近づいては後方に去っていくように見えました。「えっ!何だろう?」と思いました。落ち着いて見ていたら錯覚していることに気がつきました。そうすると、落ち着いてきました。「今 和気」と、ショートメールを応援の仲間に送りました。妻には「この調子なら、トラブルがなければ、4~5時にはゴール出来そう!」、「寝てください」と、言って無事を伝えました。22時を過ぎてきて少しずつ寒さを覚えてきました。

赤磐市の松木の交差点を右折して磐梨中学校77.5kmを目指しました。磐梨中学校ではお結びを頂きました。ストーブが置いてある横のテーブルの椅子に座り食べ、ゴミ(飴の包装紙、みかんの皮、ペットボトル)を捨てて歩き出しました。段差の何かに躓いて転びそうになりました。「危ない!転んではいけない!」と直感し、リカバリーしました。歩きながら「ここでリタイヤしなくてよかったなー」落ち着きを取り戻すと、温かいものが欲しくなってきました。飲み物の自動販売機を探しましたが、なかなか見つかりませんでした。やっと見つけた農協の自動販売機は全て冷たい飲料水でした。やむをえず110円の水を買いました。少しずつ飲みながら歩きました。「あとハーフマラソンの距離だ」「20km余りだ」などと呟いていました。水よりもお茶?スポーツドリンクが良かったか?とも思いました。寒いのは辛いけど、しっかり手を振って歩こうとしていました。
下半身ほとんど痛い、でも、幸いなことにマラソンでもあった脹脛(ふくらはぎ)の痙攣(けいれん)が無いのは救いでした。

いつの間にか、1人追いついてきた人と話ながら歩きました。その人は「3人で参加する予定でしたが、私だけになりました」などと言っていました。辛く苦しい時間帯は、私より速くない人と話し合うことがいいと、私はフルマラソンや100kmの経験で、ずーっと実感しています。今回もそのようにしました。結局は、この人とネオポリス・桜ヶ丘・下市・セブンイレブン牟佐店91.8kmまで同行しました。名前は分かりませんが「ありがとうございます」の思い出が心に残りました。

セブンイレブン牟佐店で温かいカフェオレを買って飲みながら歩き出しました。「もう大丈夫だ、4時まで2時間ある」と自分に言い聞かせました。どこか目標の18時間達成の目途を計算していました。50歳の頃、しまなみ海道100kmを3回完走・完歩している経験がそうさせたのだと思います。しかし、10年前のしまなみ海道100kmは、60kmでリタイヤしています。完歩の安心感は90%だったでしょうか?夜は見通しが利かないため、旭川の西側から東側に渡る原の辺りで行き過ぎてしまいました。歩道の街灯の下で地図を出して確認しました。
200mほど戻って、中原橋を渡りました。安心感が少しづつ広がっていきました。

百間川に戻ってきました。もうふくらはぎのけいれんがあっても大丈夫だと実感できました。しばらく歩いていると白いゴール門が暗がりの中に見えてきました。「ゴールが見えた!」感動の瞬間でした。現金なもので歩みが心持ち速くなりました。ゴールです。写真撮影があり、完歩証明書があり、始発の電車は2時間後なので、両備タクシーで帰宅しました。4時頃の帰宅でした。興奮状態なのかなかなか寝つけませんでした。

いろいろな気付き

※懐中電灯は、とにかく明るい方がいいです。私は3ヶ持参しましたが、1つは途中でほとんど見えなくなりました。しかも、見える範囲が広い方がいいです。道は舗装の継ぎ目、落ち葉、草、落とし物などがあります。疲れてくると見る能力も判断力も低下します。より明るい方が安心です。

※飲み物は腰辺りに容器ホルダーがあると便利です。私は手に持って歩きましたが、何度も落としました。

※服装は、なるべく全身を太陽からの日射を遮るために長袖、長ズボン、手袋、帽子がいいと思います。一見Tシャツ短パンは快適そうに見えますが、日射は後半になって堪えてきます。私はシャツの襟を立てて、後ろ首の日射を避けました。手袋は軍手の指を切って日射を避けました。汗を吹くこともできました。万が一転んでもケガが軽くて済みます。

※「お世話になります」「ありがとうございます」「ご馳走様です」あいさつは「友好条約です」と教えてくださった方は桂枝雀さんです。大会は一期一会の世界ですが、それでもあいさつは大事です。大会スタッフの人、応援の人への感謝です。そして何よりも自分自身が気持ちよく歩くことができます。楽しく歩くことができます。そして、心や気持ちにゆとりができます。これからも大事にしたいと思います。

※分からないこと疑問なことは質問をすることです。尋ねることです。まあ、これぐらいと思って行動してしますと、ケガをしたり、焦ったりします。特に夜間は見通しが悪くなりがちです。確認は大切です。今回の道順は、誘導員がおられ助かりましたが、後半になって暗くなってきてから数カ所分かり難い箇所がありました。閑谷緑地公園に行くのを閑谷学校と勘違いして行ってしまいました。別れ道に白いテープで矢印があると間違えなかったと思います。地図を前もって頂いていますが、夜間は思考力判断力が低下しています。中原橋も左折する場所に白いテープの矢印があると間違えなかったと思います。(私だけかもしれません)

※信号待ちはストレッチ。信号待ちで休むことも大切ですが、ふくらはぎをストレッチすることも大切です。ほとんどのスポーツで、競技中にじっと動きを止めて休むことは必ずしもいい状態とは言いません。それは、筋肉が硬くなり易いからです。だから、軽く歩いたりふくらはぎのストレッチをすることが大切です。私は腕を伸ばし頭の上で両手の指を組みストレッチしながら、約100mを3回ほど歩きました。このストレッチは腰が少し楽になります。100km歩行はどんどん疲れていきます。少しでも楽になれることは大切です。

※疲れてくるとほとんどの人は下を向くようになります。しかし、下を向く姿勢は益々疲れるようになります。それは、下を向くと余計に腰の負担が増えるからです。一見楽そうな下を向く姿勢ですが、実は自分自身を苦しめています。パリコレ・ファッションショウのモデルやタカラジェンヌような姿勢は、疲れない姿勢・綺麗な姿勢です。腹を前に前に進めるような歩き方をすることは疲れを軽減します。少しでも速く歩くことができます。ひたむきな態度は大事ですが、歩く姿勢は顎を少し引いて胸を張って前方30m辺りをを見ながら歩くことが疲れ難い姿勢です。私はこの姿勢を時々思い出しながら、腕を前後に振って歩きました。

※時計付きの万歩計を大会前に購入しました。私の歩数は1000mを1300~1400歩ぐらいです。「晴れの国おかやま24時間・100km歩行」で歩き始めて、ふと沖田神社前11.0kmで画面を見ると、13000歩もありませんでした。13000歩も無かったので、その原因を考えてみました。歩く時は左右の腕を伸ばして前後に振ります。しかし、私は、時々腕を折りたたんで走るような腕の格好で歩きます。そうすると万歩計はカウントしないことが分かりました。万歩計に110000歩ほどの記録が残っています。万歩計の機能・特徴は色々です。

※食べ物は、できるだけカロリー、ビタミンC、軽いものを考えて持参しました。ちょっと余りそうだったので、閑谷緑地公園で、食べ物コーナーに個包装のモノを寄贈させて頂きました。3箇所の炊出しの量が不明だったので多めの持参でしたが、足らないよりは余る方がいいと思っています。

※休憩はほどほどにしようと決めて、コース地図に通過時刻を書き込んで大会に臨みました。20~30分休んではまずいと思っていました。最初にしまなみ海道100kmに参加した時に、たみおさん、けいこさんから同行して教えて頂いたことです。休み過ぎは、体力は回復しないし、筋肉が硬くなるので休憩は短時間がいい。それ以降の大会で実践してみて確信しました。「晴れの国おかやま24時間・100km歩行」をスタートした時私の前には100人ほどいました。途中そんなに追い抜いた記憶がないので、どうしてかなー?と思いましたが、チェックポイントなどで追い抜いたようです。つまり、休憩時間の差のようです。

※4時頃帰宅しました。どうしょうもありませんが、なかなか寝つけませんでした。こんな経験は初めてです。やむをえないので、お世話になった人にお礼と完歩のメールをしました。ビールを飲んでも寝れませんでした。2時間くらい寝ても直ぐ目が覚めました。友達のかっちゃんが来たので話をしたり、歩行記を書き始めました。やっと夕方になって落ち着いて眠くなってきました。妻には「段々と疲れが出て来るよ、歳だから」と忠告されました。明日5日から園芸などを再開しようと思いました。

100キロを数字で見ると

※私の平均時速は、約5.76km歩いていることになります。(エイドステーションの休憩なども含む)
※閑谷学校で道を間違えているために、備前中学校~磐梨中学校の分速が遅くなっています。
※しかし、磐梨中学校からゴールまでは、ペースが落ちていないことが分かります。
※ほぼ設定時間で歩行し、完歩出来ています。(前半に時間を貯金し、後半は疲れてスピードが低下)
※総合17位はビックリです。フルマラソンではこんな上位は経験ありません。(走るより歩く方が得意?)
※体重は70kg⇒ゴール後67kmに変化しています。(直ぐ元通りになる)
※飲料水は、スポーツドリンク、ポカリスウェット、お茶など3000CC以上飲みました。
※食べた物は、豚汁1杯、お結び2ヶ、黒糖飴10ヶ、クエン酸飴3ヶ、おにぎり6ヶ、梅干し1ヶ、鶏唐揚げ丼、みかん3ヶ、ゆで卵1ヶ、クエン酸タブレット2ヶ、などです。
※夜間装備は、懐中電灯3ヶ、(後方)点滅灯1ヶ、夜光たすき2本、夜光テープ2ヶ

当日を思い出しながら、歩行記を書いてみました。お読み頂きありがとうございます。   (中山 善吾)

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