2024年5月3~4日、「晴れの国おかやま24時間・100km歩行」に参加しました。47歳の時、初めて「しまなみ海道100km遠足」に、参加してからフルマラソンとは何か違う100km歩行です。特に長時間歩く大会ということもあり、景色や人間模様が目に飛び込んできます。いやがうえにも様々なことを考えます。おのずから自分自身と向き合うことにもなります。結局、何度参加しても、答えは分かりませんが、気づいたことなどを綴ってみたいと思います。
100kmという距離と時間
今回の大会は、江戸時代前期の頃に岡山藩を支えた藩士「津田永忠」の功績ゆかりの地などを巡ります。百間川開削、後楽園造営、閑谷学校建設、沖新田・倉田新田開発等々した人です。
スタートは、旭川河川敷(西川原就実駅西側)➡沖田神社前の百間川の河川敷➡政田サッカー場➡西大寺・永安橋➡邑久駅前➡長船・土師➡湯次神社➡峠越え➡備前中学校➡伊里漁協➡閑谷・大池緑地公園➡峠越え➡和気駅前➡和気大橋➡磐梨中学校➡桜ヶ丘➡下市➡牟佐➡中原橋➡旭川河川敷・ゴールの100.1kmです。備前中学校までの44.8kmが親子の部のゴールです。
親子の部のスタートは、3日9時30分です。ゴール締切は20時00分です。制限時間は10時間30分です。100kmの部のスタートは、3日10時00分です。ゴール締切は、4日10時00分です。制限時間は24時間です。フルマラソン42.195kmを2回走ってその上15kmほど先がゴールです。もっとも、この大会は走ることは禁止です。歩いてゴールする大会です。
参加者数と完歩率(実行委員会参加者名簿による、合計1090人)
・個人100km (927人) 73.0%
・親子100km (10チーム)40.0%
・チーム100km(19チーム)52.6% ※3人のチーム
・親子44.8km(43チーム)83.8%
親子やチームで100kmを完歩することが、厳しいことが分かります。私は、1時間6kmより少しだけ早い無理のないペースで歩こうとしました。一方、1割位のチャレンジャーは、30km辺りまで、どんどん暑い中を.歩いているように見えました。この時期は、19時頃には暗くなりますから、それまでには照明機器が必要になってきます。
私の記録
5月3日(金曜日)
⬇旭川河川敷(西川原就実駅西側)10時00分
⬇沖田神社前の百間川河川敷 11時45分 11.0km 平均時速6.29km 給水
⬇岡東浄化センター 12時38分 5.9km 平均時速6.68km
⬇野崎産業(ブルーライン手前)13時28分 5.1km 平均時速6.12km
⬇邑久駅南交差点 14時57分 9.3km 平均時速6.27km
⬇ENEOS長瀬石油 15時09分 0.4km 平均時速8.00km
⬇長船土師 15時49分 4.9km 平均時速 7.35km 給水
⬇湯次神社前 16時24分 3.6km 平均時速 6.17km
⬇備前市立・備前中学校 17時13分 4.6km 平均時速 6.00km 軽食
⬇伊里漁業協同組合 18時19分 6.5km 平均時速 5.91km
⬇大池緑地公園(閑谷学校)19時46分 8.9km 平均時速 6.14km 軽食
⬇和気大橋西詰 21時25分 9.7km 平均時速 5.88km
⬇赤磐市立・磐梨中学校 22時37分 7.6km 平均時速 6.33km 軽食
5月4日(土曜日)
⬇セブンイレブン牟佐店 1時03分 14.3km 平均時速 5.88km
⬇旭川河川敷(西川原就実駅西側)2時19分 8.3km 平均時速 6.64km
⬇スタート➯ゴール 16時間18分45秒 100.1km 平均時速 6.14km
※平均時速は、休憩や飲食が含まれています。そのため厳密ではありません。
※ジャージ、携帯照明、夜光タスキ、日除け付き帽子、時計、スマホ、財布等々を装備しました。
※給水・軽食がありますが、飲食物は基本的に持参します。もしくはコンビニ等で買います。私は
おにぎり、お茶、金柑、ようかん、飴、チョコレート、ソーセージ等々を持参しました。
・2022年 17時間22分28秒(17位) テーマ 18時間を突破しよう!
・2023年 16時間47分15秒(17位) テーマ 17時間を突破しよう!
・2024年 16時間18分45秒(12位) テーマ 1時間6km以上歩こう!
100km歩行スタート前
1時間前には受付が終わり、ゼッケンとGPSを取付けると、特にすることはありません。多く
の人たちは、スマートホフォンで写真を撮り合ったり、話しを楽しんでいます。私は、ストレッチをゆっくりと始めました。ストレッチを十分にしておかないと、中盤辺りから、ふくらはぎがツッタリします。また、前半は飛ばさないで余裕を持って行こう!と自分に言い聞かせました。審判が「走ったらレッドカードで、即、退場です」等々と説明がありました。9時30分親子44.8kmがスタートしました。10時には、私たちの100kmがスタートしました。私は先頭から100番辺りだったと思う位置からスタートしていきました。
歩き始めて・・・
どんなレースもスタート直後、しばらくの間は期待と不安でいっぱいになります。あれほど楽しそうに話していた人達も、一転して沈黙の歩く人となりました。歩くコースの百間川河川敷では、軟式野球、硬式テニスなど楽しんでいました。幸いと思えたのは、「暑いけれども風がある」でした。まず沖田神社前の百間川の河川敷11kmポイントで、通過時間と体調をチェックしました。そして、スポーツドリンクを頂きました。設定時刻は11時48分でしたが、11時45分で通過できました。体調と気持ちも普通でしたから、「この調子で行こう!」と自分に言い聞かせました。
昨年は、この辺りから軽い日射病になり困って仕舞いました。今年は大丈夫でした。しばらくして、政田のファジアーノ岡山練習場辺りで、追いついてきた女性と「出産や命の話し」をしていたら、ペースが上がっていきました。私は、レース中の何気ない雑談が好きです。楽しいです。元気がでます。また、しばらく行くと知った人が交通誘導のボランティアをしていたので、挨拶をして先へと再び歩き始めました。邑久辺りの予定外の給水ポイントは嬉しいかぎりでした。冷たい水は元気がでました。
長船土師~湯次神社~備前中学校
気持ちがダレそうになる頃、長船土師36.6kmの給水ときゅうり+味噌は、気分転換になりました。イチゴやきゅうりは、身体が欲している食べ物で、とても美味しかったです。湯次神社を過ぎてから約1kmの登り、約1kmの下りの峠越えです。そして、備前中学校に着きました。卵掛けご飯と茹で卵を頂きました。親子44.8kmのゴール地点だから、「お茶か水がありますか」とスタッフの人に尋ねましたら、「有りません」との返事だったので、わがままはいけないと自分に言い、「試練の道?」のキャッチコピーを横目に「何処かで飲み物を買おう」と、歩きを再開しました。
伊里漁協までの道は、歩道のないヵ所が多いので、対抗車に注意しながら歩きました。
伊里漁協から後戦だ
伊里漁協は51.3kmポイントです。気分は「半分達成できた。半分終わった」です。ここまで来たのだから、残り半分は歩けるだろう?と思えました。フルマラソンでもそう思えてしまうのは不思議だけれども、誰が言ったのかは知らないけれど「人は想像できることは、できること」という言葉がありますが、私の経験からもそうだと思えました。休憩と夜行の用意をして、閑谷を目指そう!と思いながら歩き始めました。
国道2号線の伊里の交差点に辿り着いた頃、「あっ!昨年よりペースが少し早い」と周りの明るさで気がつきました。ちょっとだけ嬉しくなりました。そして、大池緑地公園(閑谷学校)へ向かいました。豚汁は、「熱いモノ、まあまあのモノ、ぬるいモノがあります」の案内に、ぬるいモノを選んで頂き、ゆっくりと休んではいけない思いから、直ぐに椅子から立ち上がり歩き始めました。
水行谷神社前の私設エイドでは、お茶とスイーツを頂けて次の和気大橋西詰までの間でホッとできるひとときでした。
磐梨中学校から、疲れていても行こう!
和気大橋西詰(リバーサード和気)からは、土手の上の道をひたすら歩きます。左手下に聞こえる吉井川の水の音、時々行き来する山陽線の電車以外は見えず、前方がぼやーつとして、集中力が薄れてきそうになりました。河川敷ではキャンプを楽しんでいる人たちもいました。松木の交差点を過ぎ、北へ北へと歩みますが、疲れと冷えてきたようで、吐く息が白くなってきました。磐梨中学校でうどんを頂きました。胃腸が疲れてきていて、美味しく感じられけれども詰め込みました。
ここから、牟佐のセブンイレブンまでの14kmほど、疲れて苦しいけれども、頑張らないと目標は達成できないと、ブツブツ自分自身に言い聞かせながら歩きました。マックスバリュー・下市交差点と経過時刻をチェックしながら、ヘッドライトの照明あっても暗くて、その上注意不足のために、時々つまずきながら歩きました。ある人と遅れながらも信号待ちで追いついて、話して歩きました。牟佐のセブンイレブンに着いたぞ!と自分に言い聞かせました。時刻は午前1時3分。
牟佐のセブンイレブンからは、もう大丈夫!
ゴールまで残り8.3kmだから、もう大丈夫だぞ!と思えました。苦しんだ100km歩行も、残りわずかとなりました。もう水も食べ物もなくてもゴールできると思えました。心が楽になってきました。心が楽になってくると、不思議なもので疲れや痛みをあまり感じられなくなってきました。ほぼ毎日自宅の近所を歩いている8kmと同じように思えてきました。疲れた身体の動きが元気になってきました。中原橋を渡る前「残りは4.6km」とのガードマンの案内に、安心感が湧いてきました。百間川の河川敷に降りる階段は慎重になりました。「ここで転んだらダメ!」河川敷のマラソンコースを歩いていると心が穏やかになってきました。ゴール 2時間19分?
ゴール出来てよかった!
今回で3回目の挑戦と完歩の「晴れの国おかやま24時間・100km歩行」が終わりました。完歩できました。達成感とか感激はありませんでした。「応援してくださった人たち、大会スタッフの人たち、そして、自分に嘘をつかなくてよかった」そんなことが心に浮かんできました。47歳の時、最初に100Kmを完走した時は、ゴール後しばらく涙が止まりませんでした。でも2回目以降は、涙することはありません。「完歩証明書」 NO.1031 中山善吾 16時間18分45秒 を受け取りました。スタッフの方にお礼をいいながら、「なんでこんなことをしているのだろう?」などと歓談をして、完歩後の写真を撮して帰路に着きました。
顧みて・・・
昨年の大会後、しばらくは「晴れの国おかやま24時間・100km歩行」のことを思ったり、考えたりすることはありませんでした。ところが、ふと、何かやり残したことがあるように思えてきました。何なんだろう? あれこれ考えていたら「1時間に6Km」歩いていない」ということが分かりました。5.96Km➡6.00Kmにしよう! これぐらいは出来るだろう!でした。日頃、1時間6Kmのペースで約80分、1万歩ほど歩いているので、そんなことを考えて参加を申込みしました。
子どもの頃から、運動や身体を動かすことが好きで、色んなスポーツをしてきました。軟式野球、剣道、スキー、ゴルフ、マラソン、トライアスロン等々です。そんな中で、歩くことはずーつと生活にあります。しかも、自分に一番合っているのではないかと思っています。だから、もう一度「晴れの国おかやま24時間・100km歩行」に参加してみようと思えたのだと思います。
練習は、3月・4月は、いつもの月よりも、1.5倍の練習をしました。一日平均140分歩いて、10以上のストレッチをしました。自転車にも乗りました。手作業の農作業もしました。雨の日も歩きました。1日平均3時間の練習をしました。大会が昼~夜になるので、昼も夜も練習しました。
気がついたこと
靴と靴下を専門店で相談の上、購入しました。靴下と足がズレることで、血豆や水ぶくれができることが分かり、発汗性が良くて生地の伸び縮みの少ない靴下。厚底の疲れ難い靴は、昨年の靴下と靴よりも随分楽でした。人差し指の血豆以外はできませんでした。
夜光タスキは、2本装着しました。(途中で失うかもしれないからです)照明機器も2つ用意しました。(もし、途中で破損したら困るからです)
案の定、何処だかは分かりませんが、夜光タスキは1本紛失しました。ヘッドライトは、落としてしまいました。幸い壊れることはありませんでした。懐中電灯もありましたが、LEDの照明器具は、直線的に発光するので、発光球が3球以上あり、明るい方が安全だということが、よく分かりました。道の凹凸・舗装の割れ・歩道と車道の境目の違いなどがあるからです。そして、身体が疲れてきているので足の動きが低下しています。判断力や注意力が鈍くなるからです。何度もつまずきました。なんでもないような和気駅前でも転びそうになりました。
食べ物は、飽きないようにおにぎり飴、チョコレート、金柑、等々です。時間のロスや筋肉が硬直しないように、椅子に座る時間は極力短くして、ほとんど歩きながら食べました。ゴミはズボンの右ポケットに入れて、次のゴミ箱で捨てました。疲労は少しずつ溜まってきます。すると、食べやすいモノが欲しくなってきます。冷たいお茶や果物です。お茶は途中の自動販売機で買いました。果物は金柑約10ヶだったので、オレンジやバナナを携帯すればよかったと反省しました。
得たモノは何だった?
「自分に勝たないと」、玄関先で妻に言われて「晴れの国おかやま24時間・100km歩行」に向かいました。たしかに、16時間40分以内、1時間6Km以上歩くことは目標ですが、自分に勝つ=自分に負けないことが目的と思えました。歩く途中・途中でこの言葉が脳裏に浮かんできました。そのことで、レース中、常に前向きで居ることができたと思っています。ダメになりそうになった時は、「あの赤い家まで、腕を振って行こう!」と、気分転換をしました。道端の椎名の茎を齧りながら、子どもの頃の通学の様子を振り返ってもみました。あの前の人を追いかけて行こう!等々をしながら、苦しさと辛さを凌いで歩き続けました。1歩あるけば、1歩ゴールは近くなるぞ!と、自分で自分を点検し応援し続けました。
私は何時も弱い人間と思っています。だから何かをし続けていないと、弱気に流されるとも思っています。結果として100Km歩けた。そう思います。その答えは何か分かりませんが、おそらく、弱音を一言も言わなかった父の影響かもしれません。今頃、黄泉の国で笑っているかな?
晴れの国おかやま24時間・100km歩行の今度
この大会が、皆様に愛されながら、継続していくことを期待し続けます。今後は微力ながら大会を応援したいと思っています。お世話になりありがとうございました。御礼申し上げます。
2024年5月 中山善吾

