今回初めて、娘とともに親子の部に参加させていただきました。
自宅近くがコースとなっており、毎年、チャレンジャーの方々が歩いている様子をみていましたが、昨年の2024年大会で、一般の部に娘の従姉妹の父親が参加し、完歩したのをきっかけに、自分も参加できるような大会なのだと、改めて認識した次第です。
2025年大会には、従姉妹が父子で参加するということで、娘に「参加してみる?」と尋ねたところ、従姉妹父子が参加するなら、自分も参加してみたいということで、親子の部へ申込みました。
ところが、年明けに私が腰を痛めてしまい、4月に入るまで禄に練習もできず、ようやく取り組んだ事前の自主練では、4時間半12.5kmくらいの歩行でギブアップだったので、リタイヤ前提の記念参加くらいの気持ちで臨みました。
スタートからしばらくは、従姉妹父子と一緒に意気揚々と歩いてましたが、娘も従姉妹も段々と笑顔がなくなっていきました。
親子の部のコース設定は、一般の部と同様に、スタートから31km過ぎのリタイヤポイントまではリタイヤするタイミングがありません。
正直当日までは、「何で、10kmとか20kmの辺りにリタイヤポイントの設定がないのか?親子の部への配慮がない」と感じていました。
実際には、31km過ぎのポイントへ到着する時点で、親も子もかなり疲弊しているのですが、「せっかく31kmまで歩いたのだから」とゴールを目指したくなります。
リタイヤ前提の参加だったはずなのに、もうひと踏ん張りすれば時間内にゴールできるかもと思うと、欲が出てしまう、絶妙なリタイヤポイントの設定だと感じました。
とはいえ、31kmのリタイヤポイントを過ぎると、親子の部はゴールまでリタイヤポイントがありません。
そのため、終盤の10km、3時間くらいは、娘も従姉妹も、ずっと泣きながら歩いてました。
18時頃に確認した到着予測時間では、ゴールできても制限時間の20時を超えてしまう見込みだったので、ダメ元ながらも「本当に時間ギリギリだから、ここでリタイヤするか、休憩せずに歩いて時間内のゴール目指すかどっちか」と無理やり気味に奮起させてました。
本人的にも、「せっかくだから、時間内に完歩したい。」「でも、脚が痛い。これ以上歩けない」という矛盾に、涙が止まらない様子でした。
完歩できたとしても、結果的に制限時間を超えてしまうと、それはそれで、「休まずに歩いたのに。こんなに頑張ったのに」と、娘から恨み言言われてしまう未来が予測できたので、母も必死でした。
その上、娘は鬼滅の刃の善逸ばりの大きな声で、脚の痛みを訴えつつ、泣きながら歩いていたので、他の参加者や沿道の皆さま方に、ご心配をお掛けしてしまいました…。
結果的には、普段から時折ハイキングをしており、山道には慣れてるので、最後の山越えで到着予想を巻き返して、何とか制限時間内ギリギリでゴールできました。
ゴール後に撮った写真の娘の顔は死んでます。
翌日も、母娘とも脚が痛み、母は軽い熱中症か、頭痛もしていました。
でも、母娘とも元気です。
従姉妹父子とは、最初は一緒に歩いていましたが、トイレ休憩等の時間ロスがお互いに2倍掛かってしまうことに気が付き、途中からは別々に歩きました。
とは言え、都度都度休憩のタイミングでは、一緒になり、理学療法士の従姉妹父には、娘の痛む脚にテーピングを施してもらい、大変ありがたかったです。
従姉妹父子の参加が、心身ともに支えになっていました。その従姉妹ちゃんも、ゴールのタイミングは少しズレましたが、あちらも無事に時間内にゴールし、ホッとしました。
歩いている最中も、終わってからも、娘は「もう2度と歩きたくない」と言っているので、次は無いかもしれませんが、それだけ、本当に頑張ったという事だと思います。
娘は、私に似てあまり運動が得意でなく、運動関係での表彰状には縁が無いので、完歩証明書やメダルをいただけたことは、本人にとって、大きな自信になると思います。
私としても、20年ほど前に倉敷ツーデーマーチで歩いた20kmが過去最高で、44kmの歩行は未知の世界でした。
想像すらも難しかったですが、思った以上に、44kmを歩行することは大変で、一般の部で100kmの歩行にチャレンジされた皆さまや、フルマラソンに挑戦される皆さまを改めて尊敬するばかりです。
最後に、他の参加者、スタッフの方々、沿道の皆さまのお声がけがとても力になりました。
ありがとうございました。

万代 理恵子

