なんで100kmを歩くの?
距離を稼ぎたいとか、スピードや順位を競いたいのではない。
自分にとって歩くとは、自分と対話すること?瞑想?巡礼?と気づいたのが、去年のこと。
100㎞を過去に4回歩いているけれど、おか100は初めて。
距離なんて、時間なんて、数字に過ぎない。
歩いている最中の不安や焦りを取り除くために、事前に「知っておいて」、念入りに「準備をしておく」こと。
睡魔に襲われたくないから前半はできるだけトップスピードで入っておく。
諸先輩方の言葉が頭の中にお守り代わりに刻まれる。
当日の朝の河川敷は空も青くて広くて、自然と心が開いた。
歩き出す。
ストライドが伸びる。
おしゃべりをする。
一人歩きをする。
エイドで提供される食べ物がいつも鼻先にぶらさがる感じで、足が前にでる。
いちご。
きゅうり。
卵かけご飯とゆで卵。
豚汁。
ぜんざい。
うどん。
その一か所ずつで、ふんわり温かいバスタオルでくるんで受け止めてもらうような、あったかい空気に包まれる。
伊部までは自主練に来たことがあったけれど、その先は不勉強。
ヘッドライト装着状態になった暗闇で不安な気持ちが顔を出す。
準備が足りてなかったところを痛感する。
何度もウォーカーに先を譲る。
笑みがでるのは、誰とも競っていないから。
最後、マラソンコースに入る前にあった階段を、棒になっていた足降りる。
さすがにこれは厳しかった。
なんで100km歩くの?夜通し、歩くの?
今回、新たな答えが加わった。
地球にいる生き物として、日が沈んで暗くなって、静かになる瞬間を感じたいんだ。
うっすらと朝が白むのが見たいんだ。
一緒に過ごしてくれた仲間、応援者、理解を寄せてくれるすべての人への感謝の気持ちで満たされながら、また次の歩き出しを楽しみにしている。

下楠 周子

