「余韻を感じよう」田原匠

 実際、自身エンジンの掛かりは良くない方で、それを意識して今回の100kmに臨んでいながら、やはりスタートの出遅れは否めない。周囲が速いのか、小生が遅いのか、まだ2kmくらいしか歩いていないのに先頭は見えない、遥か先を行っている。加えて、朝お茶を飲み過ぎたか、スタート前にトイレに行ったにも関わらず、どうもやばそうな雰囲気だ……。

 こうして、自身3回目の100kmウォークが始まった。前回(4年前)、前々回(5年前)はいずれも友人たちが一緒だったから、和気あいあいとした雰囲気で会話を楽しみながらのスタートだったが、今回は単独行。加えてコロナ禍とあって、周囲の人たちとの会話も慎まざるを得ない。コース周辺で手を振ってくれる人たちに「ありがとう!」と大きな声で応えることもできない。唯一、コースサイドをサポートしてくれるボランティアの方々や、こんな中でも私設エイドを用意してくれている人たちの笑顔を糧に今回はどこまでやれるかストイックなチャレンジだ。準備は万全のはずだ。前夜妻にしてもらった腰部保護のテーピングを始め、太ももからふくらはぎにかけてのテーピング。やったことのある人にしか重要性が判らない胸の突端の保護(テープの貼付)。それからお尻の大事な部分へのワセリンの塗布。前回はつい忘れてゴールした後、しばらく大事な部分がヒリヒリしたものだ。もちろん、靴の中で足が動かないようにシューズの紐の締め具合もバッチリだ。もう前々回のような、とてつもない水膨れは見たくない。が、こうしてキッチリ準備したはずなのに、こんなところに落とし穴があったとは……。

 あかん、おしっこしたい……。さっきのとこで行っとくんやった……。

 周囲に人がいなければ、思わず茂みに駆け込んでいたかもしれない。が、まだまだ人が多く、ましてやスタート前の審判からの注意事項「ポイ捨て、立ちションなど、ルールに違反する人を見かけたら、キッチリ写真を撮ってください!」と聞いた後だ。後で呼び出されて「これが証拠だ!」などと無防備な後ろ姿の写真など突きつけられたくない。

 しばらくして、ようやく簡易トイレが見えてきた。思わず駆け出したくなるが、ここでも証拠を押さえられたくないからもちろん走らない。走りたくなる気持ちと尿意を抑えつつ、トイレへ急ぐのだ。

 「……あぁ~」思わず声が出てしまった。緊張状態から解放され、一瞬の至福を味わった後、「よし! ここから」と気合を入れる。急ぎ身支度を整えて戦列に復帰すると随分と置いて行かれてしまったようだ。第一ウェーブでスタートしながら、すでに第二ウェーブの人たちのゼッケンナンバーがある。

 10kmほど歩くと、ようやく身体が温まって速度が上がってきた、前を歩く人に目標を定めて少しずつ差を詰め、抜いていく。これを繰り返せばいいのだ。

 これを繰り返し、また繰り返し、結果、かなりの人を追い抜いたと思う。途中、備前中で夜の寒さに備えての準備がてら、エイドの炊き出しをいただき、伊里漁港で夜間装備のチェックを受けたほかは、ほぼ歩きどおしだ。リバーサイド和気を越えるころには、後ろの明かりは随分遠くなっている。また一人を抜くと、前を歩く人の明かりもなくなった。磐梨中のエイドをパスして通り過ぎるときには、休憩している人が見えたから、また何人かは追い抜いたはずだ。少し進んだ後、振り返るも、すぐ後ろに続く人はいないようだ。正に単独行になった感じだ。が、どうしたことか、どうも背後に気配を感じる。足音が聞こえ、街灯を過ぎれば足元に人影のようなものが見える。ところが、後ろを振り向いても誰もいない。これはもしかして幻影か? それとも見えてはいけない何かか?

 そんなことを思いつつも、進まないことには終わらないから進むしかない。ネオポリスにかかる頃には、脚へのダメージはすでに相当なものになってきているが、ここで止まると終わりが遠のいてしまうだけだ。と思えば「先を進むしかないやろ」と自分に言い聞かせながら歩を進める。あれ? 先に見えるのは人か? 200mほど先に街灯に照らされた人のように見える。少しずつ人影が大きくなってくると、どうやらストレッチしてるみたいだ。が、さらに近づくと……、えっ、ただの街灯のポールだ。いよいよ、見えてはいけないものが見えるようになってきたみたいだ。後ろからの何かも遠のいた気配もない。

 こうなれば致し方ない。そのまま何かも連れてゴールだ。気持ちを切り替えて最後の力を振り絞る。

 ゴールが近づくと街灯もなく真っ暗で気を抜けばコースを見失ってしまいそうだ。ふと立ち止まって、先にライトを向けていると、いよいよ後ろからの気配が近くなったように感じるから、思わず「こっちよね?」と振り返ってライトを向けたが、やっぱり何もいない。ただ、もうこの頃には疲れもピークになっていて正常に頭が働いていない状況もあって何も考えず、そのままやり過ごしてしまったが……。

 こうして、ゴールを迎えた。ゴール後、気配が失われてしまったことを思えば、単なる気のせいだったのか、それとも単独行に付き合ってくれたのか。いずれにしても、今回も無事ゴールでき、幸い自己ベストも更新できたことを思えば、悪い気はしない。さらに、深夜3時前という時間帯にも関わらず、スタッフの方々には出迎えもいただき、とてもありがたい。

 ようやく終わったというホッとした気持ちと、案の定、浮腫んでパンパンの両手と、尋常ではない脚の痛みと全身疲労という毎度の余韻はともかく、それ以上に今回は何かしら不思議な余韻も残る大会だった。

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